(2)シャハラザードって誰?
8歳の夏休むに、ジジの住む島に両親と一緒に帰省した私は、さっそく夜になって食事を済ませると、縁側で涼むジジの傍に座って、「ジジ、今年もたくさんお話聞かせて。アッペはひいひいジジの話、だぁーい好き!」とせがんだ結果、「凧とたましいの話」を聞きだしたのだった。ある晩、毎晩のように話をせがむ私にむかってジジは、「わしは、男のシャハラザードみたいじゃなぁ」といって笑い出した。
「誰、それ。シャハラなんとかってどこの人?」
「シャハラザードは、昔、アラビアにいた若い娘の名前さ」
「ジジが、その若い娘なの? どうして?」
「アッペよ」と私の名前を呼んで、目で話の続きを聞くようにとさとした。
「お前が、アラビアのある王様だとしよう。いいか」と話を続ける。「王様は、お前と同じで次から次と話をせがむ人じゃった」
「そして毎晩、毎晩、一緒に寝る女に話をさせた。ところが女の話が終わると、『ふん、それだけの話か』と腹を立てては、女を殺してしまったんだ。」
「えーっ、ひどーい。アッペは話をしてくれた人を殺したりしなーいよ」
「そうだ。ひどい王様だな。王様の心は閉ざされていて、普通の話では何も心をうごかされなくなっていたんだな。そんな王様はかわいそうでもあるけど、毎晩、毎晩女が殺されるのでは、もう誰もお城に来てはくれない。大臣たちも困ったもんだと頭を抱えたさ。」
「その王様は狂ってるね。アッペとは全然違うもん!」
「まあ、待て。シャハラザードが出てくるのはこれからだ。シャハラザードはその大臣の娘だ。お父さんから話を聴いたシャハラザードは、『私が、王様のひどいおこないを変えてみせます。私を宮殿に送ってください』とお父さんの大臣にお願いした。」
「すごいね、シャハラザードは。勇気があるね。」
私は話に引き込まれ、「それで、どうなったの?」と続きを聞きたくてしかたがなかった。そんな私の表情をみて、にやりと笑ったジジは、「あはは、どうだ続きを聞きたいだろ? でも今夜はここまで。」
「えーっ、そんなぁ。シャハラザードはどうしたの? 殺されなかったの? ジジ、つづきを離してぇ、ねぇ、ねぇ」と私はせがんだ。ジジは、にやにや顔を私に近づけながら、わざと声を低め、右手の人差し指を顔の前でくねくねと動かしてこう言った。
「アッペよ、お前が王様ならどうする。話の続きが聞きたくてしょうがないなら、このジジ……いやさ男のシャハラザードを、今夜は殺さないだろ? 殺すのは、明日の夜に続きを聞いてからにしようと思うだろ?」
私はこくんとうなづいた。2度、3度うなづいた。
「そうか、わかったよジジ。毎晩、話を盛り上げておいて『続きは明日』ってことにすれば殺されないね。頭いいんだね~。」
「うん。そうやってシャハラザードは、なんと1000と1日も、次々とおもしろい話をしたんだ。王様もいつしか改心して、心を開くようになったとさ。めでたし、めでたしだ」
この話、つまり「アラビアンナイト」あるいは「千夜一夜物語」と言われる話の出だし部分を聴きながら、私は、まだジジから1000もの話を聴いてないことに気づいた。